こんにちは。うきうきです。
先日行われた2021年春場所で、照ノ富士関は、12勝3敗で3度目の優勝を飾り、大関昇進を決めました。
2017年秋場所の後、大関を陥落して5連続休場し、西序二段48枚目のランクまで下がってからの復帰は至上初の快挙だそうです。
照ノ富士さんのWIKI風プロフィール(出身や年齢・身長・体重)、大関に返り咲くための道のり、今年結婚した奥様はどんな人?
など、照ノ富士さんに焦点を当ててみましょう。
照ノ富士 春雄さんのWIKI風プロフィール

本名:ガントルガ・ガンエルデネ(モンゴル語キリル文字表記: Гантулгын Ган-Эрдэнэ)
生年月日:1191年11月29日
出身:モンゴル共和国・ウランバートル
身長:192cm
体重:178キロ
所属部屋:間垣部屋(2010年~2013年3月)→伊勢ケ浜部屋(2013年3月~)
来日:2009年3月26日 東北城北高校に編入
初土俵:2011年5月技量審査場所
照ノ富士さんの大関に返り咲くまでの道のり
2011年5月に初土俵を踏んで以来、2015年7月場所での大関昇進まで順調に勝ち進み、伝達式の口上では、
「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と
次は横綱になるということを見据えた口上でした。
しかし、照ノ富士さんに暗雲が立ち込めたのは、大関になって2場所目の2015年9月場所のことでした。
13日目の稀勢の里戦で寄り倒された時、右膝を負傷したのです。
その場所は、優勝決定戦までもつれ込んだものの優勝ならず。
場所後の精密検査で「右膝の前十字靱帯損傷・外側半月板損傷などで1か月の加療を要する」との診断書がでて、次の場所は休場。
結局、この時の怪我が元で、何度も手術を受けたりしましたが、完全に治ることはなく2017年の9月場所で5度目のカド番であえなく大関陥落となったのでした。
この後、2019年3月場所まで毎場所ごとに一気に陥落していくのでした。
元大関となれば、カド番で陥落したら引退!もしくは、幕内から十両に陥落した時点で引退!を考える人も多いと思います。
しかし、照ノ富士さんの場合は、入った部屋が良かったのでしょうか?
伊勢ケ浜親方が守ってくれたように思います。
「まだ若い。幕下に落ちたから『じゃあ、やめます』という話にはならない」とまな弟子の現役続行を明言した。昭和以降で大関経験者が幕下に落ちた例はないが、「関係ない。しっかり直して出直せばいい」と前を向いた。照ノ富士は左膝の痛みに加え、最近は糖尿病に加え腎臓結石も患っている。「膝はだましだまし、腎臓はやってみないとわからない」と治療方針を示した。名古屋場所出場に関しては、「状態を見てみないと答えは出ない」と明言を避けた。
引用元:サンスポ
親方が、しっかり直して出直せばいい!と言ってくれたから、腰を据えて治療ができたのかもしれませんね。
また、照ノ富士さんの番付がどんどん陥落していったのには、膝の怪我だけじゃなかったようです。
膝のケガとはうまく付き合っていたつもりですが、そこで糖尿病に罹ったり、C型肝炎にもなってしまった。あと腎臓結石も。
どうしても力が出ないんですよ。
普通、筋トレをやればやるほど筋肉が盛り上がっていくはずなのに、やればやるほどに疲れて筋肉が落ちる一方。
引用元:numberWEB
怪我と病気のダブルだったのですね。
本人も辛くて途中で何度も投げ出しそうになりながらも、親方が「とにかく今は直せ」と言ってくれたから引退せずに済んだそうです。
そして、幕下への陥落が決まってからは腹を決めて連続休業をして体を治すことに専念したそうです。
照ノ富士さんの調子が上向いてきたのは、2019年の2月頃だったそうです。
大関時代には200キロのベンチプレスを上げていたのに、この時は90キロのも上がらなかったそうです。
当時はお酒もストレス発散で沢山飲んでいたから体もダルダルだったそうですが、心機一転昔の様に頑張ることにしたそうです。
そうしたらみるみる身体が変わっていったそうです。
10月頃には糖尿病の数値も良くなってきて、筋肉もついてきて若い頃のことを思い出したそうです。
ようやく「もう一回、どこまで通用するのか試したい」という気持ちになった照ノ富士さんですが、そう思うと復帰も早かったですね。
2019年5月場所で三段目に再昇進を果たしてから、2021年5月場所では大関復帰ですから。
今回は、しっかり筋力をつけ、以前は周りを見下した言動をするようなところがあった照ノ富士さんでしたが、今は謙虚であろうとしているみたいです。
また、以前は上から相手を抱え込むきめ出しや力任せの豪快な投げで館内を沸かせていたが、今では立ち合いから低い姿勢を保ち、丁寧に得意の右四つになろうと心掛けているところが現在の返り咲きできた大きな要因だそうです。
照ノ富士さんの妻はどんな人?

照ノ富士さんの奥様は、モンゴル出身のドルジハンドさんという方だそうです。
ドルジハンドさんは、旭天鵬関(元 関脇・現 友綱親方)のいとこで、旭天鵬関が所属していた大島部屋にホームスティしていた時に知り合ったそうです。
2018年2月に結婚式を挙げたそうで、照ノ富士さんが復帰するのにあたり、医師の助言を踏まえた料理を作り支えたそうです。
また照ノ富士さんには、「あなたがどの道を選んだって私はついていくよ」「だめだったら私が働くね」と言ってくれていたそうで、頑張らなくちゃ!と思う奮起にもなったそうです。
照ノ富士さんの現在の怪我と病気は?
照ノ富士さんは、膝の怪我は完全には良くなってはいないようです。
しかし、しっかり筋トレしていることと相撲の取り方を変えたことによって、膝にできるだけ負担がかからないようにしていうみたいです。
また、病気ですが、大好きなお酒をやめて、体を鍛えていることにより糖尿病の数値が安定しているとのことです。
しっかり養生して、また強い大関として頑張ってほしいですね。
まとめ
照ノ富士さんは、2015年に大関に昇進したけれど、膝の怪我や糖尿病の悪化で序二段まで陥落した。
しっかり養生して、体を鍛えなおし、食事やアルコールにも気を付けて、2019年2月ころよりまた昇進を目指すようになった。
また、やろうと思えたのは、2018年2月に結婚した妻のおかげが大きい。
2021年3月場所で、3度目の優勝をして、大関復帰が確実となった。
長く書いてしまいましたが、簡単にまとめるとこんな感じでしょうか?
今回の大関復帰の伝達式の口上は、「謹んでお受けいたします。本日は誠にありがとうございました」と、横綱を目指すともなく、とても謙虚な言い方でした。
お相撲さんの人生からいうと29歳は遅いのかどうかわかりませんが、痛みを分かっているからこそ強くなれると思います。
自分の身体を大切にして高みを目指してほしいですね。
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